立春は一年で一番寒い時期ですが、立春という言葉を聞くと、長かった冬の季節が終わりこれから春へと向かっていくのだという、わくわくした気分にさせてくれます。何か新しい始まりの予感を感じます。
立春を過ぎるとまるで春が来たように、気分的にも明るく暖かい日をイメージしますが、実のところ立春のころが一番寒いですね。私達の住む日本という国には四季という季節があり、一年を4つの季節に分けて 春・夏・秋・冬 呼び親しんでいます。この四季の中で言うなら、立春は明らかに冬という季節の真っ只中にあるのですが、お正月、元旦には「明けましておめでとうございます」と言って春を迎えたことを祝い、新春とか初春といって、春が来たことを祝います。一年を四つの季節として分けてスプリング・サマー・オータム・ウィンターと呼んでいる西欧式の季節の分け方が、世界的に共通的な扱いになっているようです。明治以降、わが国では陰陽暦(太陰太陽暦)を廃止し太陽暦を用い、気象学も欧米方式より学んだ。気象学的な分類としては、これも日常習慣的な扱いではあるのだが、3月〜5月が春、6月〜8月が夏、9月〜11月が秋、そして12月〜2月を冬としている。欧米的四季感覚に慣らされた今の日本人としては、2月4日(頃)の立春という「春」という文字の意味に対し、現実との季節感のずれを感じてしまうことは無理のないことだと思う。元来、中国(大陸)文化の影響を大きく受けてきた日本の歴史では、長い間太陰暦を暦として用いていたため、生活の上や祭事などで旧暦という使い方で太陰暦に則って事柄を運ぶことが多くある。
日本の歴史を見ると、文明や文化のほとんどが中国(大陸)の大きな影響を受けてきた。中国式陰陽暦(中国暦)は、その中の一つで人々の生活の中に深く根付いてしまっている部分がある。現在日本で言うこよみの旧暦といっているものと、中国の暦とは若干の相違が見られるようだが、私達の生活の上で西欧式の暦や四季感覚では表現しきれない日常の生活の中に、侘びさびというエッセンスを旧暦という暦の表し方は表現してくれるし、日本人の感性にはその微妙な表現方法は不可欠だと思う。二十四節気の、立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨・立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑・立秋・処暑・白露・秋分・寒露・霜降・立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒・立春 という分類の仕方は、季節や時期を表現するとともに、農耕作業に関わる節目や、日々暮らす生活の節目を伝えていると思う。立春の前の日は節分で人々は豆まきをして厄を払います。節(ふし)を分ける節分に背負っていた厄を払い落とし、新しい年、心して新しい春を迎えることが立春なのでしょう。立春から数えて88日目を八十八夜、210日目を二百十日、220日目を二百二十日と呼ぶなど、立春が基準値となっている。立春以降初めて吹く南よりの強風を春一番と呼び、暖かい春の日が近いことを知らせてくれます。
立春の早朝、禅寺では門に「立春大吉」と書いた紙を貼る習慣があるそうだ。立春を春の初めとして、前日の節分に厄払いをし、新しい気分で立春を迎えるのに、立春が元旦ではないようだ。旧暦(太陰太陽暦)では元日が立春前後に置かれるとあり、中国暦で立春の次の雨水を含む月を正月(一月)としたのは、立春の頃を年初にし、春の始まりと年の始まりを一致させるためということだそうだ。つまり旧暦では、年によっては年が明けるよりも先に立春が来ることがある。これを年内立春(ねんないりっしゅん)と呼ぶようだ。四柱推命や風水などの占いでは、節分までを前の年とし、立春をもって年が変わるとしているものが多い。節分の豆まきは立春を年初として、新しい年の幸運を願っての昔からの習慣である。暦に言う立春の文字が持つ意味合いを背景に、私達は、俳句や和歌はもちろん、手紙や人前で挨拶を行う時などの文言に立春という季語を用いることが多い。年頭や年の初めには何かと儀式的な集まりが多く、その席上で挨拶の口上を述べる時、立春という季語で新しい事柄への展開に期待を寄せる想いや、改めて立ち向かう姿勢のような意向を託すのだろう。